目まぐるしい、日曜日。閉店時間の18:30分を過ぎても、尚、店のWATING BORD には、7名のお客様の名前が連なっている。
旅行代理店、激混みの日曜日だ。「残り。7件か。。私はいったい、いつ、帰れるのだろう。。。」
スタッフ5名のこじんまりした店舗。誰一人、ランチ休憩を取れていない。みんなお腹が、ペコペコだ。そして殺気だっている。接客対応中の満卓のカウンター席と、鳴り響く電話のコール音。決して広くない店内にお待ちのお客様が溢れ、『C/B PLS =折り返し電話をお願いします。』と書かれ、デスクにたまっていくメモを横目に。
つい思ってしまう。
海外が好きで、たまらなくて、旅行会社に就職した。刺激的で、机上で妄想旅行を楽しむ毎日。新しいオーダーが入る度に、知識が増えていく。わくわくする。自分のデスクには世界の地図帳を必ず待機させている。この世界には、まだまだ名前も知らない土地が至るところにある。お客様から地名を聞き、場所を地図で確認しなければ手配ができないオーダーは常にある。冒険と尽きることのない発見の日々。
私の密かな楽しみは、自分が手配した場所に蛍光ペンでマークをつけていくこと。たまに、地図帳をパラパラとめくり、色に染まっていくページを楽しむ。ムフフフと。
マニアックな私でも、激務について行けない日々も多々ある。終えても終えても、終わらない仕事たち。次から次へと続くオーダに頭がパンクしそうになる。自分の能力の限界を知る。c/bのメモの中には、日程の変更や、旅行先に関する細かい質問、ホテルから空港への行き方、両替の仕方やレートについてで溢れているのだろうと思うと少し気分が重く感じる。
店舗の壁一面に広がるカラフルなパンフレットをお客様の肩越しに眺めながら、何とか、1件、また1件と接客をこなし、少し隙をみて電話対応をこなしていく。
そんな時、ふと、ずっと待っている外国籍のお客様に目が止まった。彼はインド人だった。
ナマステ〜。
私が接客をすることになった。他のスタッフは、まだ問い合せが長引いていて接客が終わりそうにない。
あと一件か。時計は、19時30分を指していた。どんな問い合せなのか、内心ハラハラする。外国籍のお客様を嫌厭するわけでは決してないが、やはり身構えてしまう。まず第一に、言葉。日本語が流暢かそうでないかで、接客のスピードはかなり違ってくるし、自分のインフォームのパフォーマンスも変わってくる。何よりも大きい壁は、visaについてだ、日本のパスポートはフリーパス並みに凄まじい威力を持っている。日本のパスポートさえ持っていれば、ほとんどの国への入国がスムーズなのである。これには、日本という国の力と他国からの信頼を感じる。
国籍によっては、他の国に入国するためには、パスポートの他に大使館でvisaをとらなければならないことが多々ある。日本人より他国へ行くハードルは高くなるし、配慮しなければならないことがたくさんあるのだ。どこの国へ行きたいのか?visaは必要なのか?visaを取得する日数や書類について等、より細かい知識とケアが必要になる。よって、当然接客にも時間を費やす。
『査証(さしょう)又はビザ(英: visa、仏: visa、露: Виза、西: visa、中: 签证)とは、国家が自国民以外に対して、その人物の所持する旅券が有効であり、かつその人物が入国しても差し支えないと示す証書である。 引用:(Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/査証)』
彼のオーダーは、卒業旅行でパリへ行きたいとのことだった。インド国籍の人は、日本国籍の人と違ってフランスへの入国にはパスポートの他にvisaの取得が必要である。彼は、近くの大学院に通う学生で、年は29歳、小柄で謙虚な人だった。礼儀正しく、日本語も上手で、何より3時間近く待っていたにも関わらず、『閉店後の遅い時間にすみません。大丈夫ですか??』と私に気遣いの言葉をくれたのだ。
唐突な思いやりの言葉や暖かく優しい言葉は、卓越して心に響く。帰る時間とか、お腹が空いたとか狭い視野でしか見れていなかった自分を時として早急に引き戻してくれる。原点へ。インド人の彼が、スムーズでより理想的な旅ができるよう、全神経を集中する。
日程は8日間。料金はできるだけ安くしたい。一緒に行くメンバーは男6人。その時の最安値はエミレーツ航空でドバイ経由パリ行きの航空券だった。券面額が6万円、その他諸税を入れても8万円ちょっとで購入が可能だった。外国籍のお客様の航空券を手配するに当たって、注意しなければならないことは、入国する国のvisaの有無はもちろんのことだが、トランジットvisaなるものも存在することだ。乗り継ぎするだけでもvisaが必要な国もあるのだ。
例えば、イギリスやアメリカなどは、要注意である。今回、ロンドン経由でパリに入る航空券を手配した場合は、インド国籍の彼は、フランスとイギリスの2つのvisaを取得しなければならない恐れもあり、visaの申請費用や万一、visaが取得できなかった場合は旅行自体が出発できないという最悪のリスクも高くなるので、安くてもイギリス系の航空会社は避けるのがbetterである。幸い、ドバイ経由の場合はトランジットvisaは不要なので、そのリスクは回避できた。旅行会社の人は、国毎の入国の条件やシステムを正確に把握し、出入国できない、出発できない等のリスク解除をできるだけ行うこともコンサルティングをする上で重要な仕事となっている。お客様を無事に飛行機へ乗せて飛ばすことができるかどうかを、世間の人が想像する以上に、きっと気を使い気を揉んでいる。パスポートの名前のスペル表記だったり、有効期限だったり、visaの有無だったり。一つでも見落としたり手違い、認識の違いがあれば、お客様は飛行機へ搭乗できず、出発できないのであるから責任重大である。しつこく、しつこく、パスポートの有効期限や名前のスペルを聞いてくる旅行会社のスタッフは、うざいかもしれないが、実はいい奴なのだ。お客様の自己責任と言ってしまえば、逃げれるかもしれないことを、一生懸命に心配してくれているのだから。
この日から、インド人の彼と私の長い付き合いがはじまった。彼のヨーロッパ旅立ちまで。
笑顔は、お預け。
Smiycle