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執筆者の写真Maiko

末期癌とおばぁちゃんとハワイ

更新日:2020年11月6日




「ハワイは王様や!この中で、ハワイにまだ行ったことのないやつおるか?」

新宿の高層ビルの一角で、エリアリーダの声が響く。ブラインドの隙間から日差しが射し込み、チラチラ目につく。


いつもは、小さな支店でほのぼのと仕事をしていた私だが、今日はミィーティングメンバーに選ばれ緊張した面持ちで、コの字型の会議室に座っていた。集められたのは、中堅クラスのスタッフで、会社の改善点とかスタッフのスキルアップとかを話し合うためだったはず。


リーダは尚も熱く、語る。



「あのハワイの風を感じれないなんて。」



バルコニーの付いていないホテルを勧めるのはナンセンスだ!という話から、こんなロマンチックな言葉が、らしくないおじさんから聞こえてきて、ずっと下をむいていた私は思わず顔をあげた。



結局、ミーティングは終わって、その言葉だけが心に残った。



ロマンチック とはかけ離れた所にいるおじさんから、あんな言葉を引出させるとは、「ハワイ」ってのは、風が心地よく、相当に過ごしやすい場所なんだなと実感した。



冒頭の質問に戻るが、私は、ハワイへ行ったことがなかった。もちろん、「行ったことないです」とは、挙手できるはずもなく、澄まし顔で座っていた。


ハワイ、特にホノルルは不動の人気スポットであることは間違いない。私も相当数を手配したことがあった。パンフレットを熟読し眺め、説明し紹介し、地図や情景、ハワイの情報が頭に叩きこまれ、行った気にはなっていた。



それから、2年くらい過ぎた頃。半年に1回の頻度でホノルルに行くおばぁちゃんのリピータができた。全日空指定で通路側の席を確保するのが絶対の決まり。いつも1人で、淡々としていた。



ある日のランチ休憩の時、会社の近くのミスドでコーヒーを飲んでいるおばあちゃんに出くわした。おばぁちゃんは、カッコよく自分のカップをあげ、「ここへいらっしゃい」という風な仕草をしてくれた。



まだ時間があったので、私は、おばぁちゃんの前に座り、話をした。おばぁちゃんは、実は末期癌だった。しかし、年齢や癌の種類の影響なのか、癌の増殖もじわりじわりで、一緒に共存している状態だと言っていた。



「癌も細胞だからね、私がすごく元気に活発になると増えてしまうかもしれないし、だから、まぁまぁくらいが私には丁度いいのよ、あんまり元気になり過ぎずね。」優しく微笑むおばあちゃん。 「ハワイによく行くのは、気候がいいのよ、体に、湿気がないというか、、、、なんというか」



「風ですかね。」意識の片鱗に残っていた、いつかのリーダの言葉がスッと出てきた。

「そうそう。風がすごく気持ちいいのよ。」にっこり笑顔を向けてくれた。


私が、ハワイへ行ったのは、それから3年後の2015年。会社を辞めてからだった。


たしかに。


パンフレットとは違い、いい風が吹いていた。


Smiycle




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